大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所小田原支部 昭和42年(ワ)64号 判決 1970年6月10日

原告

白井広大

代理人

雨宮熊雄

被告

鈴木栄助

代理人

石川功

主文

一、被告は原告に対し

(一)別紙物件目録第一記載の建物を収去し、同第二記載の土地を明渡せ。

(二)昭和三六年一〇月一日から右明渡まで一ケ月金一七四〇円の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は、右二の部分を除き、原告において金五〇万円の保証をたてるときは仮に執行することができる。

事実

第一、双方の申立

一、原告 主文一、(一)、三と同旨のほか「被告は原告に対し昭和三六年一〇月一日から明渡済まで一ヶ月金二六一〇円の割合による金員を支払え。」との判決と仮執行の宣言。

二、被告「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、原告の主張

一、訴外亡白井徳三は、もと別紙物件目録第二記載の土地(以下本件土地という)を所有していたところ昭和二六年一〇月一日被告に対し普通建物所有の目的のもとに本件土地を賃料一ヶ月3.3平方米当り金三円(ただし、本件土地の面積は正確には別紙物件目録第二記載のとおりであるが、本件賃貸借においては、これを八七坪即ち287.60平方米として賃料額を算定するとの合意がなされた。)毎月前払の約束で賃貸した。以来、被告は本件土地に別紙物件目録第一記載の建物を所有し、本件土地を占有使用している。

二、(1)白井徳三は、昭和三六年九月末ごろ被告に対し本件賃貸借の賃料(以下本件賃料という)を同年一〇月一日から一ヶ月3.3平方米当り金三〇円とすることの賃料増額を請求し、被告はこれを承諾した。(2)仮りに、被告が承諾したと認められないとしても、昭和二六年一〇月から一〇年間賃料改訂がなされず、この間本件土地価格は騰貴し、本件賃貸借の賃料が近隣地の賃料に比して不相当となつたので、徳三が被告に対し右のように賃料増額の請求をしたもので、右金額の賃料は相当であるから、同金額の割合による賃料に増額された。

三、被告主張三、(1)のうち、被告が本件土地を取得できた追加支払の金額が一〇万円であることは否認し、その余は認める。右金額は一一万円の約束であつた。同主張三、(2)は争う。

四、本件賃貸借は、満一〇年の賃貸借期間が定められていたが、賃料不増額の特約も有効期間が一〇年間と合意されていた。この特約の有効期間は、賃貸借期間が借地法により三〇年とされることとは関係がない。従つて昭和三六年九月末日をもつて右特約の期間は満了した。<以下省略>

第三、被告の主張

一、原告の主張一の事実のうち毎月賃料前払の約であつたことは否認するが、その余は認める。賃料は後払いの約束であつた。

二、原告主張二、(1)のうち徳三が原告主張の賃料増額請求をしたことは認めるがその余は争う。同主張二、(2)のうち、昭和二六年一〇月から一〇年間賃料の改訂がなかつたことは認めるがその余は争う。なお昭和三六年当時近隣地の賃料は、一ヶ月3.3平方米当り金一〇円にすぎなかつた。

三、(1)本件賃貸借契約の際、契約当事者間で賃料を増額しない特約が結ばれた。即ち、契約成立の際、被告は徳三に対し金二五万円の権利金を支払つたが、被告が賃料のほか更に将来一〇万円を支払えば本件土地の所有権を被告に移すことの合意がなされていたので、徳三は、被告に対し賃料の値上をしないことを約束した。(2)従つて、徳三のした賃料増額の請求は、右特約に反し無効である。

四、原告主張四は争う。本件賃貸借については期間の定めがなかつたから、賃貸借期間は借地法により三〇年となる。賃料不増額の特約は、右賃貸借期間中効力を存続するとの約束であつた。

五、原告の主張五は認める。<以下省略>

第四、立証<省略>

理由

一、原告主張一の事実は、賃料支払方法の定めの点を除き、当事者間に争いがない。被告名下の印影部分の成立について争いがなく、<証拠>によると、賃料は毎月前払の約束であつたことを認めることができる。<証拠判断省略>

二、原告主張二、(1)のうち、白井徳三が原告主張の賃料増額請求をしたことは当事者間に争いがない。しかし、被告がこれをそのまま承諾したことについては、これに副う原告本人尋問の結果はいまだ措信するに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。

三、本件賃料が昭和二六年一〇月から一〇年間改訂されなかつたことは当事者間に争いがなく、<鑑定の結果>によれば、この間に本件土地価格が二〇倍以上騰貴したことが認められるうえに、被告の自認するところでも、比隣賃料が従前賃料の三倍強となつているのであるから、昭和三六年一〇月一日当時(以下本件増額請求時という)までに本件賃料を増額すべき事情の変更が生じていたことが認められる。

四、被告の主張三、(1)の事実は、被告が本件土地取得のため追加支払をなすべきであつた金額を除き当事者間に争いがない。<証拠>によると、被告が本件土地取得のため追加支払をなすべきであつた金額が一一万円であつたことを認めることができる。<証拠判断省略>

そこで、原告の主張四について判断する。<証拠>によると「賃貸借存続期間は契約の日より満一〇ケ年とす(契約書第二条)」、「賃貸料は契約期間中は所定の金額とす(同第四条)」との合意が結ばれたことを認めることができる。<証拠判断省略>この事実によると本件賃貸借期間が一〇ケ年と合意されたことが明らかであるが、借地法二条一項により同期間が三〇年に延長されることとの関連で、「契約期間中」とされた賃料不増額の期間の解決が問題となる。

しかし、三〇年間(期間の更新があれば更に長期間)全く賃料を改訂しないということは、当事者が特に明示しないかぎりその合理的意思に合致しないと評すべきであるから、右特約は、契約当事者が合意した一〇ケ年間の賃貸借期間を前提として、一〇ケ年間の「契約期間中」本件賃料を増額しないことの合意であつたと解するのが相当である。右特約は、昭和二六年一〇月一日から満一〇年を経過した昭和三六年一〇月一日には期間が満了したと認められる。

五、そうすると、白井徳三のした前記賃料増額請求は、相当賃料の範囲内で効力を生じたとみなければならないので、本件増額請求時における本件賃料の相当額について判断する。

訴訟実務における賃料額の算定には、しばしば積算式評価法(利廻り計算方式)と騰貴率比例法(スライド方式)が用いられるが、適正な賃料額はその双方を勘案し具体的事情に基き公平の理念に照らして決定するのが妥当である。

(イ)  利廻り計算方式によると、継続賃料は、いわゆる底地価格を賃貸人の投下資本とみて、これに適正利潤率を乗じた純賃料に公租公課および管理費用を加えた積算賃料額で算出される。前記鑑定結果によると、本件増額請求時における本件土地の建付価格が金四七七万円であつたことが認められる。ところで、前記四のとおり、本件賃貸借契約の際、契約当事者間で、権利金(本件の場合所有権が被告に移転すれば代金の内金となる性質のもの)二五万円、追加金一一万円合計三六万円で被告に本件土地所有権を移すことが合意されたのであるから、当事者間では、本件土地価格を三六万円と評価したと解されるが、賃貸人が土地価格の三六分の二五相当金員を取得した以上、土地に対し留保されている価値は三六分の一一であると解すべきである。即ち、本件賃貸借の底地価格は、土地価格(建付価格)の三六分の一一と認められる。すると、本件増額請求時における本件土地の底地価格は一四五万三六一一円(3.3平方米当り一万六四〇八円)である。利潤率は、商事法定利率の年六分とするが一般である。前記鑑定結果によると、増額請求時の土地公租公課が年間一平方米当り二五円(3.3平方米当り八二円五〇銭)であつたことが認められ、これに反する証拠がない。年間土地管理費用は、前記鑑定結果に従い、積算賃料額の三パーセントとみるのが相当である(従つて、管理費用は、純賃料と公租公課の和の九七分の三として算出される。)この方式によると一ケ月3.3平方米当りの金額は九三円二一銭である。

(ロ)  スライド方式は、従前賃料に一般物価変動率もしくは不動産価額の騰貴率を乗じて賃料額を算出する方式である。一般物価変動率より不動産価格変動率が大幅に高い現今の経済事情において、前記利廻り計算方式による金額算出に対比する意味では低い一般物価変動率を基準とすることが要請される。<証拠>によると、東京都消費者物価指数が昭和二六年57.7、昭和三六年77.9であること、従つて東京都の隣県にある本件土地付近で昭和二六年から同三六年までの消費者物価上昇率が一三五パーセントであることが推認されこれに反する証拠がない。この物価上昇率を従前賃料に乗ずると、四円〇五銭である。

(ハ)  右各算定方式による算出結果がそのまま賃料とされるのではなく、いずれも更に具体的事情に基いて調整を加えることが必要である。右各算定方式による結果は、いわば賃料増額の上下限を枠づけたものと理解される。前記鑑定結果は、従前賃料が利廻り計算方式によつて算出されたものと仮定したとき、前提としていると推認できる利潤率を逆算している。この従前賃料の前提とした利潤率には、従前賃料決定の際の当事者の諸事情が反映していると解されるから、この利潤率によることは、公平の理念から前記(イ)(ロ)の方式を総合する一手段とすることができる。しかし、前記鑑定結果が逆算した利潤率は、投下資本額である底地価格の算定の上で、当事者が前記のような地価評価をし権利金を授受したことを考慮していない点で本件にそのまま妥当しない。本件増額請求時の前記底地価格を基準とし、前記鑑定結果により認められる年一平方米当り四円を公租公課とし、管理費用を賃料の三パーセントとみるとき、従前賃料が前提としていると推認できる利潤率は1.6パーセントである。

前記(イ)の数額・方式にこの利潤率を入れ替えると、算出結果は金三〇円〇五銭となるがこの場合には、地価上昇の影響をそのまま借地人に負担させる結果になるので前記鑑定結果に従い、投下資本額の算出において地価騰貴分を賃貸借人双方に折半で負担させる調整方法を採用して、投下資本額を定め、計算すると算出結果は一九円四四銭となる。また、一方で、本件土地が東海道線平塚駅から徒歩六分、国道一号線裏手の角地という便宜の土地であること、他方で、被告本人尋問の結果により、被告は賃借当初から本件土地上の本件建物で公衆浴場業を営んで来たことが認められるが、公知のように、入浴料が物価統制令に規制され、土地利用による収益が厳格な統制下にあることも考慮しなければならない。

そして、被告本人尋問の結果によると、被告の調査では、増額請求時近隣の賃料額が一ケ月3.3平方米当り一〇円前後であつたことが認められる。これに反し比隣賃料が同率三〇円であつたと述べる原告本人尋問の結果はそのまま採ることができず他に右認定を覆すに足る証拠はない。

これらの諸事情を総合して考察するに、本件増額請求時の本件賃料は、一ケ月3.3平方メートル当り金二〇円をもつて相当と認める。この額の限度で、賃料増額の効果が生じたものである。<以下省略>(杉山英巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例